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#2010.11.09 Tuesday    人がこれを、恋と呼ぶ前に(michele*camilla)
 2010年ミスマスのお話。






 「朝靄に変わる時まで」
 差し出された手は手袋に包まれていた。薄い布地越しに、骨張った大きな手がある。人よりも小さな自分の掌を包み込んでくれる、昔から良く知った掌が。その先に、年甲斐もなく頬を染めた、しかししっかとした笑みがあった。
 返らない身体は時に重たかった。もう重量を感じることなどない身体は軽い筈なのに、浮くように重い。木の葉が地面に叩き付けられたようだと、偶に思った。掌は冷たい。昔、思い人に、人より温かい手だと言われたことがあったのを思い出す。面影はない。判っている。好奇心は人も神も殺す。プシューケは落ちた先で絶望を見、神に縋った。落とし子である自分等“情動”である人間達が、同じ過ちを犯さない訳がない。子も産めぬ身体は何も生まない。
――それでも。
 死せる身体に生きる魂。彼の中に居るもう一人の意識との秘密を、つい先程、明かした。形而上学など、鼻で笑う彼が信じるなどとは思ってもみなかったし、隠してはいるが臆病な彼が、自分の存在を受け入れてくれるなどとは、考えてもみなかった。きっと突き放されるだろう、絶望されるだろう、拒絶されるだろう。それは享受しなくてはならない事実であったし、否定して怒り狂っても仕方のないことだった。
――それでも。
 何処かにあった。拒否されたくなかった。陽の光を感じることが出来ず、夜風を受けることが出来ないことに嘆いた日を。彼にも同じように背を向けられることの恐怖を。
 眼前にあるのは、掌。
 感じることのない体温を手に収めていいのか、戸惑う。
「……早く、取れ。恥ずかしいだろ」
 困ったように微笑むミケーレを。
 鼓動が、蘇ったようだった。
 どうして。問いたかったのに声が出なかった。喉で詰まっている。つっかえたものが取れない。取ったら泣き出してしまいそうだった。もう泣けないのに。涙を流すことが出来ないのに、そう思った。目尻がちりちりと熱を持つ錯覚が生まれた。掌が痺れる。ここで崩れ落ちるだなんて、自分らしくない。
 少し垂れた、紺碧の瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。熟れた頬とは偉い違いだ。そこに恐れはない。ただ、さっきまでの様に、幼かった頃の様に、自分を見てくれている。
 どうしようもない、歓喜が蘇った。あの日から感じることのなかった、感覚が。
 心臓が跳ねている。どうしてだろう、頬が熱い。
 視線を上げる。彼が笑んでいる。
 それだけで、よかった。
 掌を、取る。それだけだというのに、心が躍った。今まで、彼に感じたことのないような感情が湧いた。不思議と。
 泣きそうになりながら、温かいのであろう掌に、己の小さな掌を、乗せる。
「相変わらず、小さい手だな」
 くん、と引かれる。蹌踉めく足許を、彼が掬ってくれる。想像していた以上に、大きな手だった。まるごと、包んでくれるような。
 今が夜で良かったと思った。
 彼に、頬が赤いことを知られなかったから。


2010.10.23(人がこれを、恋と呼ぶ前に)

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