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#2010.11.09 Tuesday    cookie waltz(mark*camilla)
 2009年ミスマス前のお話。
 




 紙は強敵である。真っ白な紙なんて、好きなのは文豪と画家くらいだろうし(いや、同時に最も厭うかも知れない)、紙に埋もれて死ぬ気も更々ない。時間は無情にも進んでいく。自らの両側に積まれた白い高山。恨めしくて仕方ない。幼い頃から憧憬を描いた作業も、蓋を開けてみれば、ということは多々ある。だが、挫けてなんかいられないし、こんな作業だって、愛する古美術品達の為だと思えば乗り切れる、気がする。
 アフタヌーンティーなんて習慣、無関係だ。写真家が言った、最も美しい空が近付いている時刻。カミーラは一人、タイプライターを目の前にして頭を掻き毟っていた。朝方整えた髪型なんて見るも無惨だ。お昼だって食べていないし、胃袋には胃液だけが溜まってきゅうきゅうと音を立てている。段々と疼痛が存在を自己主張してきた。
 ニューヨーク市保存協会が今年から主催することになった、万聖節の舞踏会の会場に出展する美術品の輸送手続きを行う為の書類が、カミーラを追い立てていた。これを今日中にこなさなければ、会場に物品を届けることが出来なくなる。美術品一つ一つは非常にデリケートだし、運搬方法を間違えば大惨事になる。それを管理する書類なのだが。
「終わらない」
 タイプライターの前に顔を伏せると、自分でも沈痛過ぎると思える声が洩れた。朝から纏め続けていた手配書を入れた箱の底が見えない。しかし終わらせない訳にはいかない。どうしたものか、と頭を抱える。抱えていても終わらないものは終わらない。指を動かさない限りは。
 不意に、かちゃりとドアノブを捻る音が右耳を突いた。協会員の作業室として使われているこの広い部屋には現在自分独りだ。普段なら何人かの人間がつめているのだが、今は皆、出展品の最終チェックで忙しい。
 数時間、前か後ろかにしか動かさなかった首を右に向けると、ぐびりと嫌な音がした。静かな空間には良く響き、それと一緒に噴き出すような声が聞こえた。
「相当参ってるな」
 振り向くと、そこには呆れたように笑んでいる橙に近い金の髪の幼馴染みがいた。
 多分、出展品梱包の作業が一段落ついたのだろう。でなければ忙殺されているこの時期にこんなに優雅に立っていられる訳がない。ちょっとだけ羨ましい、と思うのは間違いだろうか。
「何よ、笑いに来たの」
「むくれるなよ。かわいい顔が台無しだ」
 口を開くと同時に、彼が何かをこちらに向けて放った。距離は余りなかったが、それは綺麗な放物線を描いて、広げた掌に落ちてきた。リボンで可愛くあしらわれたクッキーの袋だ。きょとりとして視線を幼馴染みに投げると、彼は少し垂れた瞳を細めて、笑った。
「――……マーク?」
 仕草、物言い、それと、瞳の色と表情ですぐに判る。紺碧から翡翠に。それは普段行動を共にしている幼馴染みが、変わる瞬間だ。だって、自分に向かって可愛い、だなんて、いつもの幼馴染みは言わない。絶対に。口が裂けても。
「おはよう、カミーラ」
 ほんの少しだけ、申し訳なさそうに微笑む。それは彼の癖だった。おはよう、とまるで朝、アパートメントの木製の扉を開けたときの声で。それでもその貌は何処か罪滅ぼしを求めるようですらあった。彼はひとつもそんなことは言おうとしないし、自分だって追求したりもしない。彼の心情はなんとなく理解していたし、それはどうにも出来ないことだった。
「いつ?」
「さっき」
 彼、マーク・オーメンは朗笑を湛えたまま、ふっくりとした唇を動かす。彼の登場はいつだって突飛だ。それこそカミーラの隣を歩いている時に唐突と変わったりする。双子なのだから当たり前だが、似たような、しかし似ていない動作でマークはカミーラへと数歩、足を進める。それだけだというのに胸が躍るのは、今に始まったことではなかった。
「あとどれくらいだ?」
 隣の机に腰掛けながら、書類の山を眺めて苦いものを食べたような顔をする。男性らしい眉が顰められる様にすら、ときめくのだから病気なのだろう。カミーラは視線を逸らしながら思う。
「底が見えないの。今から寝たら妖精さんが手伝ってくれるかしら」
「目の前の妖精さんに頼ってみたらどうだ?」
 幼馴染みがきっちりと整えたシャツの袖の釦を外しながら、マークは伸びをする。何かと思って彼を見ると、そこには得意気な朗笑があった。
「でないと、これじゃあいつもの店が閉まるだろ? カミーラはまずは俺の横で遅いアフタヌーンティーだな。クッキーを食べて紅茶を飲む」
 あ、俺にも紅茶な。軽く口ずさむようにしながら、マークはタイプライターの釦を叩き始めた。


2010.10.30 (cookie waltz)

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